不器用リカコの書きたい人生

20代リカコが書きたいことを書きたいままに書くだけのブログです。

脱依存とその先の未来

どうもこんにちは。リカコです☺︎

 

【100日後に脱依存するリカコ】と題して

ただの冴えない一般人のOLがフォロワー数とかバズりとかそういうことじゃなくて自分との対話を誰かに見ててほしいと始めた謎なだけじゃなくてキモすぎるチャレンジを始めた100日間。

 

正直言ってこの「センパイ」まわりで起きたことはほんの数日くらいしかなくて、この間にいろんなことが起きました。

気持ちが爆発したときにだけ(いつも爆発してるけどTwitterとかに分散してた笑)書いてたブログを毎日書くという行為は不思議だったし、日記書けなくなる人の気持ちわかる笑

書くまでがめんどくさい。でもわたしの場合常に自分と会話してるから書いたら止まらない笑

 

今日はこの100日間の振り返りをするために、近所にあるずっと行きたかったカフェにすっぴんでお気に入りだけどケバケバの洋服でやってきました。

 

ではさっそく。

 

【恋愛からの脱依存】

なんか脱出ゲームのタイトルみたいになってるけど、結論から言うと、

今回の件で言えばできた

です。笑

 

煮え切らない答えで読んでくれてる人がいたらモヤモヤさせてるかもしれませんが笑

 

いや、だってねえ、恋愛って対象の相手が変われば変わるからね笑

でもまあ、「なんで返事くれないんだろ」「あー今日もいるなあ」「あの人が好きなものを好きになりたいから自分に興味がなくても聞く見るやる」とかがごっそり抜けたかなあと。

0ではないと思う、別に恋愛対象以外にも家族とか友人、心の結びつきを望んでる相手に対しては愛情を求められたいからなるべくその人にハマるような人間になろうとする、してた。

要するに自分が無いのよね。こんなに感情垂れ流すわりに自分が無いのよねって、人によっては説得力ないと思うけどわかってくれる人はいると思う。何かに対して何かを思うのと主体的に何かを考えて動くのは似て非なるどころではなく全く違う。

まあ戻ると、「エッチだってしたのにふざけんな」はエゴですね、はい。と思うような人間に今はなってますということです。え。笑

 

あともし恋愛依存症なわりにまともな恋愛できなくて(社会的な言い方をすると)拗らせて、自分なんて、と悩んでる方がいたら、ひとつわたしみたいなやつでもハッキリと言えることは

 

「物理的距離を置け」

 

です。100日間、連絡を断つことでいかに自分だけだったかわかったし(わかってるとは言いつつ実際に距離間を客観的に測るのって難しいからね)、会わない見ない喋らないとなんか記憶って薄れていくし、だからこそ会った後の余韻が強くて、まさに「依存」している!を実感できたし。

あー女子的生活読みたくなってきた!笑

 

あ、101日目の本日は連絡が解禁されたわけですが、およそ20行のリカコの愛の重さの天秤の向こう側には3行と👏の重りが乗ってたけど、「100日ぶりに連絡するけど重すぎず尊敬の念を伝えつつ言いたいことを書く」ことを念頭に考えた文章がとてもスタイリッシュに書けたことで満足していて、100日前は返信の遅さとかレスポンスの温度差とか一喜一憂きてたけど、返信内容にふふっ^^となって終わったからほんと「今回の件で言えば脱依存できた(今のところは)」という結論で良いかと思います!笑

 

崇拝していた神からの脱依存

この話を知人・友人にポロッと溢してしまうと、「あ〜燃えてたもんね」とか「なんか叩かれてるもんね、あれはないわ〜」とか言われてしまうから正直話したくない。燃えてるのも叩かれてるのも別に前から。それでも斃すと闘って、お前たちも生きていいんだ、おまえがいちばんかわいい、生きろと言ってくれるあなたにたくさんの生をもらってた。でも、だから、わたしの中で大切だったものが、失われていくのが悲しくて誰かに聞いて欲しかった。けれど、同じ心境の人にしか共感は得られないし、その人でさえわたしじゃないしあなたじゃないから共感はできない。そういうことをたくさんたくさん共感させてくれる神だった。

大切に、辛い時は何度も読み返した、わたしにとっての聖書を、今日、近所の文房具屋に引き取ってもらった。文房具屋のおかあさんはとても優しそうな人で、今日は値段つけられないらしいけどわたしの大切が、愛が、人生が、値段になるのが怖くて、値段をつけずに引き取ってもらえませんか?とお願いした。おかあさんはやさしく微笑んでいた。帰り際にありがとうございます。と伝えるとこちらこそありがとうございますと見送ってくれた。

Twitterがしんどくなってもやめたくなかった理由は彼女と繋がってる場所だったから。

でも今は見るのが怖くて、全てのものを棚と心の奥にしまった。

勝手に神格化したのはわたしだし、でもそれだけいつも助けられてたし、その事実は消えない消さない。死んでない。彼女もわたしもこれからずっと生きていく。払ったお金の比にはならないくらいそれ以上の生きる力をもらってたけれど、いちオタクのひとりでしかなかったわたしに彼女に返せたものはなかった。

で、なんで好きじゃなくなったの?と問わないでほしい。好きじゃないとか嫌いとかそういう単純明快な言葉で示せていたら奥にしまわず叩き割って捨てるだろう、だからそういうわけじゃないんだ。

辛くなったときに泣きながら助けてくれと逃げ込んでいたあったかくて強くてもろくて優しいシェルターを、わたしは、自分の手で手放した。

 

愛しすぎた幼なじみからの脱依存

100日間の記事をいくつか読んでくれてる方からしたらしつこい!くらい書いてるかもしれない。でも20年以上の付き合い。「親友」と一度もわたしを呼ぶことはなかった彼女。

時折感じていた「困ったときに話を聞いてくれる存在」としてわたしを見てるんじゃないか?という気持ち。だいすきだったから、それでもいいからそばにいたいと思っていた。

小さな村社会で、彼女は先に村の小ささに気がついていた。わたしは村から出るのが怖かった。彼女が村の中で新しい文化を見つけたとき、ひとりで着替える体育の授業が運動が苦手なわたしにとって大嫌いな体育の授業をより一層嫌いにした。それでも、ほぼオール5の成績を取ったとき、大学にひとり遅れて受かったとき、就職したとき、おめでとうと心から言ってくれた、2年間好きだった男が彼女持ちで自分はただのセフレだったとき、眩しすぎる友人と一緒にいるのが辛かったとき、わたしの非を一個も責めずに「ムカつくね」と言ってくれた、せっかく山形に行ったのにオタク全開で歩くのが苦手なのに連れまわされたのに文句言わなかった、いつもは機嫌悪いと黙るし、寝坊するし、遅刻するしな人なのに珍しかったね、あれ、なんで一緒に行ったんだっけ。今更だけど一緒に旅行は向いてないよね笑

文句を言いながらも頼られたかったし、昔から同じ温度の好きじゃないってわかってたからこそ、言葉で伝えてくれると嬉しさが倍増した。

わたしも村を出た。村を出たらあの時の「独り」を感じることが減った。「一人」は向いていた、でも常に愛を求めて「独り」にならない手段を探してはいたけれど、それは村を出たらいろいろあった。神を教えてくれたのも彼女だった。彼女の文化を知りたくて、当時好みじゃない曲をたくさん聞いた。仲間に入れて欲しかった。でもやっぱり体育の着替えは独りだった。

きっかけはたった一文、んー。2ツイートくらいかな、もうわかんないけどほんとにそれだけ。

でもそれでイトがプツリと切れた。

それからは初めて母親に話した。なんか吹き出てくるように怒ってた。悲しんでた。感謝と好きで見えないように隠してたこと全部出てきた。

余談だけど、気がついたらわたしは何かをいつでも話せる「友人」がいなかった。というかそんなもの普通にいないよね。ひとりの人間にいったい自分の何を背負わせようってんだよ、ってね笑

仕事辞めたくなったときに話を聞いてくれる先輩がいたり、死にたいときに生きろって言ってくれる友人がいたり、逆に微力だけどわたしが話を聞いたり、ちょっとはいるよ。

彼女のことをよく知っててわたしのこともよく知ってて、人は皆ひとりという生き方をしてる母親だから聞いて欲しかった。「あんたが許してきたんだよ。」

 

今の世の中でsns断ち、LINEの全消去、そんなことやってたらイトなんて簡単に切れてしまうのかもしれないし、そうだとしたらそんなうっすい関係しか作れないわたしが悪いのかもしれない、それでもそんなことない人たちが何人かはいる。

 

切れたら切れたで 不安になるのは
積み上げた物を 信じているから

 

20年かかっちゃったけど、わたし側のただのエゴかもしれないけど、ひとりとひとりで笑えるようになれる時まで。

さようなら。いや、またね。

 

所属からの脱依存

大学の時、吹奏楽部の相棒に研究室に入り浸ってることを話すと「リカコさんらしいw」と言われた。わたしもそう思った。

中高、部活の時間を人生の時間にしてた。

常に吹奏楽のことを考えてた。

小学生の時に飼育員としての自分が大きかった。4人組を崩されるのが嫌だった。邪魔するもの全部排除して自分たちの世界にいたかった。じゃないとわたしのいて良い場所がどこかわからなくなるから。

幼稚園の時、〇〇ちゃんと遊んでた裏切り者と輪から外された。あの女はわたしの好きな人を聞いて、お母さんの力でチョコレートケーキを彼にプレゼントしていた。あの女が食べてって言ったからお弁当のおかずを食べたら人のものを食べるなと先生に怒られた。先生、リカコはママも心配するくらい少食の女の子だったんだよ。

世界に存在して良い理由が欲しかった。

所属している、それはわかりやすく存在の理由になった。わたしはグループが苦手。

中学生からひとりなことが多かった。

リカコちゃんは良い子だけど、一番にはならない、それくらいのポジション。

幼なじみはいちばんになることがわたしの目には多く映ってた。年上にも可愛がられるし、同級生からも奪い合いだった。

わたしはしっかり無視の対象で回ってくるし、自分から食い込んでいかなければすぐ独りになった。頑張ることに疲れてグループに入る努力をしなくなって独りになった。他人によって存在価値を認めてもらえないなら所属の中で役割を果たさなければいけない。

うさぎのうんこの掃除をちゃんとやらないと(うさぎは好きだったけど責務を果たさないと存在して良いことにはならない)、楽器を上手くならないと(楽器は好きだけど音感なしリズム感なし譜面読めないでは降りバン)、研究で結果を出さないと先生に認めてもらわないと(実験は好きだったけどそれを辞めたらそれ以外に何もなかった)。

よく考えたらこの思考で受験期に人生で初めて本当に死のうとした。

お母さんに辛いならもう勉強しなくて良いと言われて「勉強しないと、大学に行かないと、自分が行くべきところがわからない、何をすべきかわからない、存在する意味がわからない、生きてる意味がわからない」と泣いた。

この感じだったら社会人でも同じことが起きるのはバカでもわかる。一年目の数ヶ月で訪れた。それが家族とのすれ違いも相まって家庭が世紀末みたいになった。

父親に「辛いなら仕事休め、新人のお前がいなくて困ることなんてない」と言われ「それでも行かないと、働かないと、なんでわたしの居場所は今ここしかないのに奪おうとするの!!!」と家を飛び出した、23.4でヤバいやつである。

書いててしんどくなってきたけど、家を出て、上司の正論の残業を減らせがわたしの耳を通すと「お前の無駄な働きに払う給料はない」に聞こえてからは、仕事に依存したところでわたしの存在価値は必要ない、食べさせてもらってるからそれだけの仕事はしよう、それ以上の執着はしない。

所属への依存をやめた。

 

脱依存の先の未来

文字にしてみるとせっかく脱依存できてるのに全てが恐ろしく歪んでいて、もはや脱依存が健全なのかわからなくなってきた。

それほど何かに寄り掛かって生きてきたのだわたしは。

だから、今、直面してる問題がある。。

 

『主体的にやりたいことがない』

 

若干、語弊があるけどあえて言葉にするとこんな感じか…

もっと酷い言い方すると『やる気がない』だな。

今まで、愛されたくて文化を取り入れて、所属場所で価値を得るために必死になってた。

だけど、寄り掛からなくなったら自分が好きなものが、好きだったものがなくなったら、自分のアイデンティティ的なものがよくわからなくなった。仕事もできないから辛いとかじゃなくてやる気ないだろお前、って思う自分ですごく思う。

 

2時間もかけて振り返ったけど、成功は成功だけど、なんかとんでもない問題が生まれてないかこれ?笑

 

自分でいうのもなんだけど、現代社会が生み出した典型的なモンスターみたいなやつだなと思います笑

 

ちなみに7342文字は書いてないけど5300文字は優に超えましたw

 

それにしても…

 

これからどうしよっかなあ。。