不器用リカコの書きたい人生

20代リカコが書きたいことを書きたいままに書いていたら30代になっていました。

きりこについて

どうもリカコです☺︎

 

いきなりですが今回の本はこちら。

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実はワタクシ、本書を大学3年生の頃に一度拝読したことがあります。

 

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(2018年8月28日撮影)

 

当時は本を読むと旧twitterに140字以内で感想を書いて投稿するか

Instagramに記録していたのですが、本書についての記述が見つからず、

しかし1ページ目1行目「きりこは、ぶすである」の衝撃と

世間の批判など聞こえてもいないきりこの両親が、自分の娘を本心から可愛い可愛いと育てた様子を

父親にぶすと言われて育ったリカコ自身と対比したことが鮮明に記憶に残っていました。

 

物心がつくどころか「将来は妖精かお姫様になりたい」と夢の中にいた頃から背負った

「自分の顔面はぶすである」事実とそれに伴い植え付けられたルッキズムが大いに爆発していた大学生時代に本書に出会ったため、ことある毎に本書の”一部”を思い出し、かなり印象に残っていたようです。

 

そう。

今回読み返して気が付いたのですが、覚えていたのは一部。

顔面どころか体形も含めた外見ぶすのきりこは、両親に可愛い可愛いと育てられていたから思春期に入るまでは周りと自分を比べることをせず、自分は自分で可愛いとして生きていていいな、わたしもそうやって育てられていたら20年以上ぶすの呪いにかからず、ましてや恨みがましくこんなふうにブログに綴ることもなく、「普通」に生きられたのに。。

と思った”一部”の記憶。

 

表紙デザインが変わってもなおいる猫が登場していたことも

きりこが世間的にぶすだと思い知らされて(考えさせられて)引きこもっていたこと

とあることをきっかけに外見も中身も含めて「自分は自分だ」と確信すること

恥ずかしながらなんにも覚えていませんでした笑

 

今回8年越しに読むに至ったのは

会話の中で外見の話になって、本書について、このわたしの一部の記憶を話したのがきっかけで

本を購入して読んでくれた人がいたことです。

 

その方の感想を聞いたときに「?」となって貸していただきました笑

 

当時の記がないので細かい感情まで思い出せないのですが

8年の時を経て、ルッキズムがなくなったとまでは言えませんが、

こと自分自身の捉え方においては、たくさんもがいた甲斐あって、顔面のぶすさに自分の人生が引っ張られることはかなり減ったなあと本書を読んで改めて自覚しました。

 

水商売に浸かったことで自分の顔面にランク付けされるのと同時に

ランク付けできない精神の部分で人を惹きつけることが可能なことも実体験して、8年前のわたしではないんだなあと。

過去に読んだ本をひょんな形で読み返す経験は意外になかったので

(バイブル的な本は定期的に読み返すので今回のような読み返しとは少し違う)

それも含めてまた本書に再会できたこと

さらに本書に会えたのが新しく出会った”人”を介してだったこと。

最近前にもまして「縁」をやたら意識しているリカコとしては

このブログも含めて、本に接し続けてきてよかったなという思いです(*_ _)

 

皆さんは数年越しに読んでみて

新たな発見や当時とは違う感想を持った本はありますか?

 

たまには違うテイストでお届けしてみた回でした☆

 

ではまた✨