昨日も「今日はお酒の席なのに○○さんが真面目な話しちゃってごめんね、聞いてくれててありがとうね」的なことを言われた
自分で言うのもなんだがわたしは人の真面目な話を引き出すのが上手いと思う
だから相手が勝手に話し出したと言うよりはそう言う"聞かせてほしいな"の空気を作った要因はどちらかというと自分にあると
まあ半分以上驕りだろうけど思ってるからこそ
真面目な話ってそんなに悪か?
と少しモヤっとした気持ちになる
だから集団の"ノリ"には今も昔も一生入れないんだろうと思う
わたしが会話に入るとなんとなく白ける感じが昔からすぐわかるから複数人になった時は聞くに徹するように大人になるにつれてなるべくしてる
笑いのツボが違うわけじゃなかった
会話したい理由がコミュニケーションではなく相手を知りたいに振り切っちゃってるんだわ
そんなことよりその奥にある部分が見たい見せて?って常に感じるようになんか知らんけどできてるんだろうなあ
半自動考えるモードで眠れなくなったからメモ